2009.10.12 貧困、「医療、経済、そして平和」 堤未果氏

 10月12日(月・祝)、ジャーナリストの堤未果氏を講師に、当会結成20周年記念講演会を開催し、160人が参加しました。
 堤氏は9・11テロとの遭遇をきっかけに、米国の医療や教育にまではびこる競争原理を告発、貧困を理由に軍に志願する若者の実態を経済的徴兵制と指摘しました。

堤未果氏の講演要旨はこちらから

2004.11.16 「世界の潮流と日本の進路」 寺島実郎氏

 寺島実郎氏は、世界を飛び回って収集した情報ベースに、研究、講演、執筆、テレビ出演など、多忙な活動をされています。
 その中で、世界と日本についての確かな歴史認識に基づく独創的な分析を行ない、説得力のあるデータと幅広い知識でこれからの世界と日本の進むべき方向を提言されています。
 今回は、アメリカ大統領選挙の現地での取材をふまえ、これからの世界と日本の平和・経済・政治をズバリお話し頂きます。(開催案内チラシより)

2003.8.6 「イラク戦争・国民保護法」 青島明生氏

 さる8月6日、核兵器廃絶をめざす富山医師医学者の会の第8回総会がフコクビルにおいて行われました。片山世話人代表が議長を務め、高野昇治副代表が活動報告・方針ならびに会計報告を、役員改選の提案を瀧邦彦世話人が行い、それぞれ承認されました。
 続いて行われた第24回世話人会では、世話人代表に片山喬氏、副代表に高野昇治氏、黒部信也氏が推薦され、再選されました。その後、弁護士の青島明生氏を迎えて「国民保護法」をテーマに話を聞き、意見交換を行いました。

青島明生氏の講演要旨はこちらから

 

2002.8.8 「迫りくる核戦争の危機と有事法制」 浅井基文氏

 今秋の臨時国会では有事法制が再び上程されることが懸念されています。今なぜ有事法制なのか?
 8月8日、核兵器廃絶をめざす富山医師・医学者の会は、浅井基文氏を招き、昨年の9・11テロ以降のアメリカの新核戦略と、日本の有事法制を中心に講演いただきました。

浅井基文氏の講演要旨はこちらから

 

2001.7.1 「憲法問題と平和・核兵器廃絶への展望」 渡辺治氏

 さる7月1日、「21世紀の日本-憲法問題と平和・核兵器廃絶への展望」と題して、市民公開講演会を開催しました。会場はフコクビル。
 講師に一橋大学の渡辺治先生を迎え、「憲法改正」や「靖国神社公式参拝」を押し進めようとする小泉内閣の危険性や、日本が世界とアジアの国々を脅かす国へと変貌してきていることなど、迫力ある語りをもって講演いただきました。
 参加者からは、「真剣な訴えに感動した」「胸にすっと落ちた」などの感想が聞かれました。

渡辺治氏の講演要旨はこちらから

1999.8.8 「二つの憲法」   井上ひさし氏

 さる8月8日(日)午後1時より、核兵器廃絶をめざす富山医師医学者の会の第6回総会が行われました。
 司会を務めた高野昇治世話人は挨拶の中で「本会は今年で設立10年を経過し、県内の核兵器廃絶を願う方々の拠り所として一定の役割を果たしてきた。世の中が何やらおかしな方向に進んでいるように感じるが、これからも発言すべきことはきちんと行なう会でありたいと思う」と述べました。
 午後2時からは劇作家・小説家の井上ひさし氏を講師に、『二つの憲法』~この国のかたちを問う~と題して市民公開講演会が行われました。

井上ひさし氏の講演を聞いて(小熊清史氏)

1998.9.4 「ちひろの世界 ~今、ほんとうのやさしさと平和を求めて」 松本由里子氏

 「ちひろの世界 ~今、ほんとうのやさしさと平和を求めて」と題して、9月4日、名鉄トヤマホテルで市民公開講演会を開催した。「核兵器廃絶をめざす富山医師医学者の会」と保険医協会の共催である。講師はちひろ美術館副館長の松本由理子さん。
 なぜ、ちひろの絵がこれほど多くの人々、とくに子を持つ母親たちの視線を釘づけにするのか。眉はなく鼻はちょっと上向き、目は黒目だけ。顔の輪郭線はほとんどないちひろの子どもたちは、各々に特徴があるわけではない。だからこそ、見ているうちに、まだ幼かったわが子に見えてくるのだそうだ。そして、日々の確執から解放され、かつての無償の愛で満ち溢れていた母性を取り戻すのだという。

 松本さんは、自身が初めて松本家を訪問したときのちひろの印象からお話をされ、しだいにちひろの絵の背景にあるものに迫っていった。
 幼い頃、不自由のない暮らしの中で培われた気品のようなもの、そして岡田三郎助という超一流の師についての本格的な勉強、少女時代を過した満州での日本のやり方や、悲惨な現地の現実と特別待遇の自分とのギャップに対する疑問。最初の夫の自殺についての自責、戦後の食料難、プロレタリア芸術運動への傾倒、二度めの年下の夫との生活、子育てを両親に託し、東京から長野への月一回の子供との面会。絵本の賞を総舐めしたあと夫の国会議員への立候補を契機に出版社から干されたことなど、波乱万丈のちひろの生涯を、時にユーモアを交えての松本さんのお話に、1時間半があっという間に過ぎた。
 決して大声で叫ぶわけではないが、見るものに人間としてのやさしさと平和の思いを呼び起こさずにはいない、静かな迫力を感じさせる生き方と作品である。

1997.7.26 「ナガサキの原点に立って二十一世紀を考える」 本島等氏

 「核兵器廃絶をめざす富山医師・医学者の会」(世話人代表・佐々学元富山医薬大学長)が7月26日に開催した講演会で、前長崎市長の本島等氏は「ナガサキの原点に立って21世紀を考える」と題して講演。核兵器廃絶に向けて世界の中で日本人の果たすべき役割などについて話した。 講演には市民や医師ら約60人が参加した。
 本島氏は、ァジァ諸国への植民地支配などを挙げながら、「日本人は原爆の被害者となったことばかりを口に出すが、自分たちが外国に対して行ったことを反省しなければならない。アメリカの核の傘の下でいくら核廃絶を訴えても相手にされない。50年以上過ぎてもまだ戦争は終わってはいない」などと述べた。その上で「正しい歴史認識に立って真心や誠実さを持って外国と接し、21世紀を和解の世紀とするようにしよう」と訴えた。
 本島氏は長崎市長時代、「天皇にも戦争責任があった」と発言し話題になった。 昭和20年2月14日、近衛文麿の和平提案を天皇制存続を危惧して拒否、7月26日のポッダム宣言も黙殺し、ソ連参戦でようやく動いたという歴史的事実は明らか。もし天皇が近衛の上奏を受けていれば、沖縄戦や東京・富山の大空襲、原爆投下はなかったという論理である。
 講演終了後、「核兵器廃絶医師・医学者の会」は、第5回総会を開催した。

1995.8.9「フランス核実験再開と核不拡散条約をめぐって」 和田雄二郎氏

 核兵器廃絶をめざす富山医師・医学者の会の第4回総会と記念講演が8月9日、名鉄トヤマホテルにおいて開催された。講師に富山大空襲を語り継ぐ会事務局長・和田雄二郎氏を迎えての講演のあと、総会議事に移り活動計画や決算予算の承認、役員(世話人)が選出された。
 総会には、医師、歯科医師の会員21名が出席。講師はまず「被爆50周年フランス核実験再開と核不拡散条約をめぐって」と題して、核不拡散条約締結後の中国、フランスの核実験をめぐる問題を話された。

和田雄二郎氏の講演要旨はこちらから

1993.7.28「核兵器廃絶の展望と医師・医学者に期待するもの」 木澤進氏

 核兵器廃絶をめざす富山医師・医学者の会(世話人代表・佐々学国際大学学長) は7月28日、名鉄トヤマホテルで第3回総会と記念講演会を開催した。総会には会員ら25人が出席した。
 記念講演は片山喬常任世話入の司会で、「核兵器廃絶の展望と医師・医学者に期待するもの」と題して、弁護士で非核の政府を求める富山の会・常任世話人の木沢進氏が講演。
 木沢氏は、「アメリカとロシアは冷戦終結後も核抑力』の姿勢を変えていない。核兵器廃絶の世論と運動は今なお緊急課題」と強調。「医師にふさわしい活動と役割を」と当会への期待を述べられた。

1993.3.17「核兵器廃絶の展望」 安斎育郎氏

「医師・医学者の会」が公開講演会開く
 核兵器廃絶をめざす富山医師・医学者の会(佐々学世話人代表)は3月17日、名鉄トヤマホテルで公開講演会を開催し、約50人が参加した。
 講師の立命館大学の安斎育郎教授が、「核兵器廃絶の展望…冷戦後の国際情勢をふまえて」と題して講演。
「冷戦終結後も米国は核抑止力の立場に立っている。今こそ行動を」と強調された。

1989.7.16「核兵器をなくす運動と医師の役割」 肥田舜太郎氏

 結成総会記念講演「核兵器をなくす運動と医師の役割」(講師・肥田舜太郎先生)のうち、医師の役割について述べられた部分を中心に、その一部を紹介します。

肥田舜太郎氏の講演要旨はこちらから