8月11日、核兵器廃絶をめざす富山医師・医学者の会(以下反核医師の会)、富山県被爆者協議会、「はだしのゲン」をひろめる会・富山準備会の三団体の共催で、アニメ「はだしのゲン」上映会と被爆体験を聞く会を開催しました。
 会場となった富山電気ビルは中学生以下の子ども25名を含む、146名の参加者でいっぱいになりました。司会を反核医師の会の小熊清史世話人副代表が務め、主催団体を代表して反核医師の会の金井英子世話人代表が挨拶をしました。
 アニメは、作者中沢啓治氏の体験に基づく原爆の惨禍や当時の時代背景・世相風俗を現しながら、主人公のゲンたちが戦後をたくましく生き抜く姿を描いたマンガ作品です。ゲンを中心とした中岡家の日常から始まり、原爆の投下とともに父・姉・弟を失い、ゲンの目を通して目を背けたくなるような惨状が映され、亡くなった妹のために灯籠を川に流すシーンで締め括られています。
 会場では子どもたちがゲンの戦後の悲惨な状況をたくましく生き抜く姿を食い入るように見つめ、あちこちで多くの参加者が涙を流し鑑賞していました。
 アニメ上映後、県被爆者協議会の岸川義一氏、柴田政一氏、田島正雄氏が広島での体験を話されました。

被爆証言:「はだしのゲン」は私たちがヒロシマで見たことそのものだ
 砺波市・岸川義一氏
 高岡市・柴田政一氏
 富山市・田島正雄氏

主催者挨拶:金井英子世話人代表

 今日は暑い中多くの方にお越しいただいて、どうもありがとうございます。
 私たちの会の名は「核兵器廃絶をめざす富山医師・医学者の会」です。いったん核戦争になった場合、熱線による障害であれ被害が大きすぎて、私たち医師はそれを治すことができません。戦争という病気の一番の薬は予防なのです。そのために医師・医学者の会は約25年前に結成されました。

志を同じくする人を広めていきたい
 今日は私たちの会だけではなく、富山県被爆者協議会、はだしのゲンをひろめる会・富山準備会の3つの団体が協力してこのような会を開催することになりました。1人の力はものすごく小さいです。ですから、横のつながりを大きくして声を大にして、少しでも志を同じくする方を広めていきたいし、私たちの思いを全国に強めていきたいと思っています。

父が被爆した広島で
 1年前のちょうど今頃、私は広島で開催された核戦争防止国際医師会議に行ってきました。暑い日でした。その時に原爆ドームへも行ったのですが、いつ見ても涙が流れます。それには理由があります。じつは私の父が広島で被爆しているのです。今日お話してくださる被爆者協議会の方と同じように、軍隊で広島に入って、けが人の救助や亡くなった方を火葬するといった仕事してきた、そういう思い入れのある地なのです。
 私はドーム前の駅から市電に乗ったのですが、ちょうど夏休みの日曜日。みんな着飾って街で買い物をして楽しい雰囲気でした。68年前の朝、ここに突然原爆が落ちて、大勢の方が一瞬で亡くなってしまったかと思うと、遠い過去のことには思えず、ものすごく大きな悲しみに私は襲われました。

空襲で焼け残った電気ビルでの開催
 でも広島だけではありません。この富山でも8月1日に大空襲がありました。その時、今回の会場である富山電気ビルが焼け残ったのです。そのような記念すべき建物で今日、会ができるというのは1つの運命のようなものを感じます。電気ビルのすぐ隣に松川が流れていますけれども、そこは焼夷弾で焼かれた方で溢れていたそうです。そのような悲惨な状況を経験をした人がだんだんお歳をとられてお話ができなくなっています。そういう方たちからお話を聞いて、後世の人たちに伝えていかなければと私は思っています。

平和への強い意志と希望を持ち帰って
 今日会場を見渡すと、小さい子どもさんがたくさん来ておられて心強いです。今日の映画を観たり、被爆された方たちのお話を聞いて、「こんな恐ろしいことがあったんだ。二度とこの富山を焼け野原にしてはいけない」という、平和への強い意志、平和への希望を持って帰っていただくことができれば、私たちは大変本望に思います。